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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)8113号 判決

原告 株式会社 木材スーパー

右代表者代表取締役 伊藤玄二

右訴訟代理人弁護士 山本栄輝

被告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 黒川達雄

主文

1  被告は、原告に対し、金一四三〇万八二八〇円およびこれに対する昭和五七年二月二一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一申立事項

一  原告

主文同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張事実

一  請求原因

1  原告は、建築材料の製造加工ならびに販売等を営業目的とする株式会社である。

2  原告は、昭和五五年一〇月二〇日頃、訴外久保八郎(以下「久保」と略称する)との間で、原告から久保に対して建築材料を継続的に売り渡し、売買代金の支払については、毎月末日に締め、翌月一五日に同日から一二〇日の期間をおいた支払期日の約束手形を支払のために振出・交付する等し、その支払が拒絶されたときは、全ての売買代金債務について期限の利益を失う、との約定から成る取引契約(以下「基本契約」という)を締結した。

3  被告は、前同日頃、久保と一緒に原告の浜野店を訪れ、原告に対し、久保の原告に対する基本契約に基づき生ずる売買代金債務につき、久保に連帯して支払う旨、書面(甲第一号証)を作成(署名・捺印)して保証した(以下「本件保証契約」という)。

4  原告は、基本契約に基づき、久保に対して継続的に建築材料を売り渡してきたところ、取引開始後の昭和五六年二月一日から取引終了日の同年一〇月三日にかけて売り渡した建築材料の売買代金は総額一四五三万三七七五円である。

5  久保は、前記売買代金の支払のため、原告に対して約束手形数通を振出・交付あるいは裏書・交付する等したが、そのうちの一通である自らを振出人とする昭和五六年一〇月二〇日満期の額面額三六八万六八一〇円の約束手形につき、右期日における支払を拒絶した。

6  よって、原告は、本件保証契約に基づき、被告に対し、主債務者である久保の支払うべき前記売買代金のうち金一四三〇万八二八〇円およびこれに対する右久保が前記約束手形の支払拒絶により期限の利益を失った日の後である昭和五七年二月二一日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は知らない。

3  請求原因3の事実中、原告主張の頃に、被告が久保と一緒に原告の浜野店を訪れたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告は、右浜野店を訪れた際、原告主張の書面(甲第一号証)を作成(署名・捺印)したことはない。右書面の署名は被告が自署したものではないし、その名下の印影は、被告の印章によって顕出されたものではあるが、被告が捺印したものではない。右印影は、被告が右浜野店内の机の上に自己の印章を置いて用を足しに行ったすきに、久保が盗捺して、顕出されたものである。

4  請求原因4の事実は知らない。

5  請求原因5の事実は知らない。

6  請求原因6は争う。

三  抗弁

仮に、被告が本件保証契約を締結したとしても、

1  被告は、昭和三三年七月四日、管轄家庭裁判所において準禁治産の宣告を受けたもので、本件保証契約締結当時、準禁治産者であった。

2  被告は、本件保証契約を締結するに際し、保佐人である訴外乙山春夫の同意を得ていなかった。

3  そこで、被告は、本件第五回口頭弁論期日において、原告に対し、本件保証契約を取り消す旨の意思表示をしたので、被告には、本件保証契約に基づく原告主張の売買代金の支払義務はない。

四  抗弁に対する認否

抗弁1の事実は認める。

抗弁3の主張は争う。

五  再抗弁

仮に、被告が本件保証契約の締結について保佐人の同意を得ていなかったとしても、

1  被告は、本件保証契約が締結された昭和五五年一〇月二〇日頃、その締結をする目的(用件)で久保と一緒に原告の浜野店を訪れているものであって、同店で右保証に係る書面(甲第一号証)を作成するに際し、同店の店長大園憲二に対し、自身が準禁治産者であることを何ら告知しなかっただけでなく却って、株式会社東日本健康協会取締役副社長の肩書を記した名刺を交付し、また、同店長の面前で、久保に向かって、基本契約の信用限度額が一五〇〇万円であったことに言及し、「信用限度額一五〇〇万円でよいのか、もっと多くしておく必要がありはしないか。」との趣旨の発言もした。

2  被告は、前記の言動から、原告の浜野店店長をして、被告が能力者であると誤信せしめたものであり、右は、被告が能力者であることを信じさせるために詐術を用いた、というべきところ、原告(右店長)は、被告の言動(詐術)により、被告が能力者であると信じて、被告と本件保証契約を締結したものである。

3  従って、被告には、民法第二〇条により、本件保証契約の取消権は生じない。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は、被告が原告の浜野店を訪れたことを除き、否認する。

被告は、原告の浜野店へは久保について行ったにすぎず、本件保証契約を締結する目的(用件)で同店を訪れたわけでない。また、被告は、原告主張の名刺を作成したことがなく、ましてや、これを浜野店の店長に交付したことはない。

2  再抗弁2の事実は否認する。

3  再抗弁3の主張は争う。

第三証拠関係(略)

理由

第一請求原因について

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、同2、4および5の事実は、《証拠省略》により、これを認めることができるから、久保が原告に対して、基本契約に基づき、原告主張の売買代金債務を負担していることは明らかである。

二  そこで、請求原因3の事実について検討すると、同事実中、原告主張の頃に、被告が久保と一緒に原告の浜野店を訪れていることは当事者間に争いがない。甲第一号証中の被告作成部分を除いたその余の部分については前示のとおりに真正な成立が認められるところ、被告作成部分については、被告名下の印影が被告の印章によって顕出されたものであることは争いがない。被告は、右印影の顕出が久保の盗捺による旨を主張するが、右顕出ひいては署名の主体に関連して、且つ、乙第三号証の成立にも言及して被告が当法廷で供述するところは、その内容の不自然さ・変遷の不明朗さからして、到底これを措信することができず、他に盗捺を窺わせる事情を認むべき反証足り得る証拠はない。そうとすると、経験則に照らし、右印影(捺印)部分が被告の意思に基づいて成立したものと推定することができ、さらに、民事訴訟法第三二六条により、右印影(捺印)部分を含む被告作成部分の全体の真正が推定されもするのであるが、証人大園憲二の証言ならびに甲第一号証中に記載された「大園憲二」の氏名、「久保八郎」および「久保年子」の住所・氏名筆跡と「甲野太郎」の住所・氏名の筆跡との対象から「甲野太郎」の住所・氏名は、当時、原告の浜野店に居合わせた同店店長の大園憲二あるいは久保が記載したものでないことが明らかなこと・右証人大園憲二の証言によって、同店に居合わせたのは、大園憲二、久保および被告のほか、設計士の宮川某であるところ、右宮川が記載したものでもないと認められること・甲第一号証中の「甲野太郎」の氏名・住所と本件記録中の訴訟委任状あるいは出廷者カードの「甲野太郎」の氏名・住所との対照の結果・以上に先に示した被告本人の供述の不自然さ・不明朗さを併せ鑑みると、右の推定を俟たずとも、甲第一号証中の被告の署名・捺印部分を含む被告作成部分の全体が真正に作成されたと認めることができる。そして、《証拠省略》によれば、請求原因3のその余の事実が認められる。右認定に反する被告本人の供述は、既に説示したとおり、これを措信することができないし、他に、右認定を妨げるべき証拠はない。原告と被告との間で、久保の原告に対する基本契約に基づく前示売買代金債務につき、本件保証契約が締結されたことも、また、明らかである。

三  従って、請求原因事実は全て肯認することができる。

第二抗弁ならびに再抗弁について

一  抗弁1の事実、既ち、被告が準禁治産者であることは当事者間に争いがないが、被告の抗弁(保佐人の同意のないことを理由とする取消)の当否を判断するに先立ち、再抗弁(詐術を用いたことによる右取消権の不発生)について考察する。

二  先に請求原因について説示したところに《証拠省略》を加えると、原告と被告との間で本件保証契約が締結された経緯・状況は以下のとおりであると認められる。既ち、

1  原告の浜野店では、昭和五五年一〇月二〇日頃の暫く前、久保との間で基本契約を締結し、それまで個々的になされていた取引(建築材料の売買)を継続的に、いわゆる信用取引として行なうこととした。そのために、契約書(甲第一号証)を作成し、そして、久保の妻久保年子が久保の原告に対する基本契約に基づき生ずる売買代金債務について連帯保証をすることになった。しかし、原告(浜野店)は、久保の連帯保証人が妻の久保年子のみでは充分でないと考え、久保に対し、連帯保証人を追加するように求めた。

2  その暫く後の昭和五五年一〇月二〇日頃、久保が被告および宮川某を連れて原告の浜野店に現われた。久保は、同店の店長大園憲二に対し、被告が久保の連帯保証人になる者であると紹介し、右店長は、被告かむ(あるいは久保から)再抗弁1記載の名刺を受け取った(仮に、右名刺を、被告でなく、久保が交付したのだとしても、被告がこれを認識していたことは明らかである)。同店長は、その席上で、先の契約書(甲第一号証)を被告に示し、被告の署名・捺印を求めた。被告は、その当事者欄には被告が署名・捺印をするだけの余白がなかった(というのも、既に連帯保証人として久保年子の記載があった)ため、右店長に「どこに署名・捺印したらよいのか。」を尋ね、同店長の指示する当事者欄の欄外に、自ら連帯保証人として住所・氏名を記載し、名下に捺印をした。

3  被告は、その間にあって、原告浜野店の店長大園憲二に対し、同店長に交付された前示の名刺が実際のものではないと断っていないし、右店長の面前で、久保に向かって再抗弁1記載のような発言すらしている。もとより、自身が準禁治産者であることなど、一言も口にしなかった。その結果、右店長は、被告が能力者であると信じて疑わず、それ故に、被告との間で本件保証契約を締結するに至った。

《証拠判断省略》

以上の経緯・状況に鑑みれば、被告は、久保と一緒に原告の浜野店を訪れる目的(用件)が久保の連帯保証人となるためで、そのためには、自身が能力者でなくては目的を達し得ないことを充分に認識していたはずである。それと同時に、右浜野店の店長大園憲二が被告を能力者である(と信ずる)故に遇していることも、また、容易に認識し得たはずである。しかも、浜野店での席上での久保に向かっての被告の前示発言、あるいは、右店長に交付された被告の肩書を取締役副社長と表示する名刺(仮に、これを久保が交付したのだとしても、被告がこれを認識していたことは前示のとおり明らかであるから、その交付の主体が久保であっても、被告であっても)は、その結果として、同店長の被告の能力への信頼を強めこそすれ、滅殺するものではない。同店に居合わせた被告がその効果を分からぬはずもない。それにも拘わらず、本件保証契約の締結にあたり、自身が準禁治産者であることを口に出さずにいたのは、被告において、これを伝えることにより原告の浜野店を訪れた右の目的(用件)が達せられなくなる危険を回避し、且つ、浜野店店長の被告の能力への信頼を利用しようとの考えがあったからと推認させるものであって、その推認を妨げる証拠はない(なお、前示名刺に表示された被告の肩書である「取締役」に、その当時(昭和五六年法七四号による改正前の商法の下で)一般に、無能力者が就任することができるとしても、本件で、その肩書が被告を能力者と信頼させる効果をもたらせたことは前示のとおりであるから、「取締役」の被選任資格(能力)一般により先の判断を異にしなければならないものでもない)。そうすると、本件における被告の右不作為(準禁治産者であることの不告知)は、その客観的な状況・主観的な意図からして、民法第二〇条にいう「詐術」を用いたことに該当するというべきである。

三  従って、原告の再抗弁はこれを採用することができるから、被告の抗弁は、その余の点(抗弁2および3)につき判断を加えるまでもなく、失当であることが明らかである。

第三むすび

以上の次第で、原告の本件請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 滝澤孝臣)

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